はじめに
前回の記事を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はその続きとして、自己理解という分野に触れたことで、私の考え方や価値観がどう変わっていったのかについて書いてみたいと思います。
それでは、早速話していきます。
日本の“引退モデル”の限界
従来の日本のモデル――
60代で定年を迎え、そこからいわゆる「引退」のような生き方をする形――は、必ずしも幸せとは限らないのではないかと思っています。
定年を迎えた男性の中には、趣味やコミュニティがあまりなく、急に社会とのつながりが薄れてしまって、孤独感を抱える人も多いという話を聞きます。
ここで、Minecraftの作者であるNotchさんの例をご紹介したいと思います。
皆さん、Minecraftはご存知でしょうか。私もとても好きなゲームの一つです。
Minecraftは後にMicrosoftに買収され、Notchさんは一生遊んで暮らせるほどの富を手に入れました。
彼は豪邸を建て、毎日のようにパーティーを開き、自由な生活を楽しんでいたそうです。
ですが、その生活を続けているうちに孤独感や虚無感が募り、最後は鬱に近い状態になってしまったといいます。
Notchさんは現在、再びゲーム制作に関わっているそうです。
この話は私にとって、
人はお金があるだけでは幸せとはいえない
ということを知ることができた、印象的なエピソードです。
やはり人は、
社会に貢献したり、誰かの役に立っていると感じられる実感のようなものが、
どこかで必要なのかもしれないなと思いました。
私の価値観ピラミッドの変化と学び直し
今まで雇われて10年間働く中で、自分の価値観のピラミッドを見つめ直してみると、 最上位は「時間」と「家族」、 その次に「趣味」、 そして仕事はずっと最下層にありました。
ですが、自己理解という分野に触れて、自分を見つめなおしてみたところ、少し変化がありました。
「私と同じように、人生をよりよくしたいと思っている人たちをサポートするような活動ができないか」
そんなことを考えるようになったのです。
実際、このブログを書くことも、
そういう気持ちから始めたものです。
記事を書いていると、驚くことに、
この怠惰な私が時間を忘れて、毎日深夜まで没頭してしまいます。
もし、こういうことを続けていけたら、
仕事も趣味と同じ段に並ぶかも!
なんて思ったりすらします。
そして今は、その延長として、
FP(ファイナンシャルプランナー)やキャリアコンサルタントなど、
役に立ちそうな資格の勉強も考えています。
また、必要であれば、こうした支援ができる企業に転職することも視野に入れています。
もし、キャリアを変えたいと思ったときや、自分のやりたいことが見つかったときに、 それを特別なこととして扱われるのではなく、普通の選択肢のひとつとして受け止めてもらえる社会だったら、 もっと多くの人が、自分に合った生き方を選べるようになるんじゃないかと思います。
そうなれば、無理をし続ける人も減るだろうし、余裕を持って生きられる人も、今より増えるはずです。 心や体を壊すまで追いつめられる人も、今よりは減るんじゃないかと思います。
今の社会に感じていること
今の社会って、 一人ひとりに求めるものが、ちょっと高すぎるんじゃないかなとも思います。
ちゃんとできて当たり前、 ミスは許されない、 常に効率よく動け、まじめにやれ――
テクノロジーは進化しているのに、 その分、仕事が楽になるというより、 むしろ負荷は増えているように感じます。
それなのに、給料はあまり変わらず、物価だけが上がっていく。 そりゃ、気持ちにも余裕がなくなりますよね。
その結果、 社会全体がどこか殺伐としてしまう。 実際、「なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか」というタイトルの本もあるくらいです。 (私はまだ読んだことがないので、今度読んでみたいと思います!)
「成長し続けなきゃ」じゃなくてもいい
ごめんなさい、なんか意識が高い感じになってしまいました。 ここまで、働き方や仕事の話が中心になってしまいましたが、 そもそも私は、「仕事で自己実現を果たそう」「成長し続けよう」「成功者になろう」といった、 社会全体のそういう空気が、あまり好きではありません。
バリバリ働きたい人もいれば、 出世したい、有名になりたい、お金持ちになりたい人もいる。 一方で、家で本を読んだり、家族と過ごしたり、料理をしたりする時間が一番心地いい、なんでもほどほどがいいという人もいると思います。
私は、それが当たり前で、自然なことだと思っています。
いろんな人がいていいし、価値観も、生き方も、それぞれあっていい。
ただ、今の社会って、
「みんな同じ時間に働いて」
「みんな成長して」
「みんな上を目指して」
…そんな空気が強い気がします。
今の社会で「自分らしく生きられている!」という人は、それはそれで素晴らしいことだし、正直うらやましいなとも思います。
でも、そうじゃない人のほうが、実は多いんじゃないでしょうか。
そしてそれが、「静かな退職」が増えたり、出世を望まない人が増えていることにつながっている気がしています。
社会はすぐには変わらない
私がこう生きたい、これが理想だと思っていても、
今の日本を取り巻く空気や社会構造は、すぐには変わらないと思います。
「一つの職場で長く働くのが当たり前」という文化は、今でも日本では根強いと感じます。
最近、たまたまドイツ在住の友人ができたのですが、彼はこんなことを言っていました。
「日本は本当にいい国だと思う。でも、働き方については考え直したほうがいい。
こんな働き方は長く続かない。30年間同じオフィスに通い続けるなんて、正直クレイジーだ。
もっと余暇を楽しむべきだと思う。」
確かに日本では、資格の勉強のために一度仕事を辞めたいと思っても、
「空白の期間が再就職で不利になるんじゃないか…」
そんな空気がありますよね。
実際、ありそうな話です。
新しいキャリアに進みたいと思っても、これでは簡単には進めません。
だからこそ、
資産運用を通して人生の自由度を高める土台をつくり、
挑戦できるだけの余裕を、先に自分で用意しておくことには、大きな意味がある
と思っています。
きれいごとでも、諦めたくはない
この記事を読んで、
「きれいごとばっかり言いやがって」と感じた方もいるかもしれません。
あるいは、「人生なんてこんなものだよ」と思っている方もいると思います。
私自身、そう思っていた時期もありました。
ただ、
自分のやりたいことで働けたら絶対に幸せになれる、と過度に期待するのも違うけれど、
かといって、仕事がつまらないのは当たり前だと、最初から諦めてしまうのも嫌だな、
今はそう思っています。
そう思えるようになったきっかけが、
資産運用であり、自己理解でした。
この二つを組み合わせることで、
同じように悩んでいる人も、
「自分らしく生きる」ということを、
ある程度“再現性のある形”で目指せるんじゃないか。
私は、そんなふうに考えています。
ここまでが、ひとまず私の中の「まじめな話」パートです。
少し抽象的な話も多かったと思いますが、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
次回はちょっと休憩回として、
もう少し肩の力を抜いて、私の好きなことや日常の話を書いてみようと思っています。
もしよければ、
「ここがよかった!」「ここ共感できた!」など、
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よければ、また気が向いたときに読みに来てください。




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