はじめに:私がずっと大事にしてきたもの
これまで読んでくださっている方、ありがとうございます。
前回はインデックスファンドの話を、ざっくりと触れる形で書きました。
今回は、これまでの自分の経験と、
インデックス投資を続けてきた日々の中で、
少しずつ定まってきた
私の中にある「時間の価値」について、
お話しさせてください。
『DIE WITH ZERO』との出会い:思い出作りという視点
「時間の価値」について考えるようになった背景には、
『DIE WITH ZERO』という本との出会いがありました。
この本について詳しく書き始めると、それだけで記事が終わってしまいそうなので、
今回は深くは触れませんが、正直、もう少し紹介したいと思うくらい、
自分の中では大切な一冊です。
この本には一貫して、
「人生の目的は思い出作りだ」
という考え方が書かれています。
お金の話をしているはずなのに、
読んでいるうちに自然と「時間の価値」の話に立ち戻っていく。
最近になって急にそう思うようになったわけではなく、
昔から自分の中にあった感覚が、
この本を通して、はっきりと定まった。
そんな感覚です。
学生時代の気づき:時間を差し出す違和感
思い返すと、学生時代のアルバイトの頃から、
「なんで自分の貴重な時間を、お金に変えないといけないんだろう」
と思ったことがありました。
そのバイト自体は決して悪いものではなく、最初は新鮮さもあって楽しかったように思います。
バイト代をためて買った電子ピアノは、10年以上たった今も使っています。
最近調子が悪くて、イヤホン越しにしか音が出なくなってしまいましたが。
(音楽仲間には、早く買い替えろと言われています)
……脱線しました。
ただ、買いたかったものを買ってしまった後、
別に生活に困っているわけでもないのに
バイトに行かなきゃいけないとき、ふと疑問が湧きました。
「なんで大学生という貴重な時間を、
お金と交換してるんだろう」
我ながら、すでに社会不適合者の素質がありますね。
別に、時間があったからといって特別なことをするわけでもありません。
ゲームをしたり、
楽器を練習したり、
友達と遊んだり。
そんな、たわいもない時間です。
それでも、自分にとっては
その“たわいもない時間”が、とても大事だったんです。
社会人になってからの違和感:アフターファイブって何?
日本のほとんどの人は、雇われて働いていると思います。
私もその一人です。
ただ、働き始めてからずっと、心の奥で消えない違和感がありました。
8時間働いて、労働後のアフターファイブに好きなことをする。
それが当たり前のように語られていますが、
私はどうしても納得できませんでした。
アフターファイブなどと言っていますが、
実際のところはどうでしょうか。
へとへとになって帰ってきて、
少しスマホをいじって一息ついて、
そこから料理をして、ご飯を食べて、
なんやかんやしているうちに、
「よし、やっと自分の時間だ」
と思った頃には、
もう21時、22時だったりします。
正直、
この時間で何ができるんだろう、
と思うことがよくありました。
一方で、労働にかけている時間を振り返ると、
朝起きて職場へ向かい、
8時間働いて、帰宅するまでを含めれば、
軽く10時間以上になります。
それに対して、
本当に自由に使える余暇の時間は、
せいぜい2時間ほど。
──おかしくないですか?
……こうして書いてみると、
我ながら、すがすがしいほど社会不適合者ですね(笑)
でも、本当にそう思っていたんです。
お金は時間と交換できる。でもその逆はできない
お金は、時間と交換できます。
でも、その逆はできません。
どれだけお金を払っても、時間は買えないし、戻らない。
名著『Just Keep Buying』の中でも、
ウォーレン・バフェットについて、こんな話が紹介されています。
「もしバフェットの全財産と自分の人生を交換できるとしても、
それを本当に選ぶ人はほとんどいないだろう。
なぜならバフェットは80代で、
彼自身も“もし相手が20歳なら、むしろ自分が交換したい”と言うだろう。」
↓この本もとんでもなく名著なのでいつか詳しい記事にしたいと思っています!
興味があれば皆さんぜひ読んでみてください!
また、
「ドライフラワー」で知られる
シンガーソングライターの優里さんの
『ビリミリオン』という曲からも、
同じメッセージを受け取れる気がします。
FIREを目指してきたけれど
最近までは、
投資信託の長期投資でお金を貯めて、
(その間は多少虚無でも正社員として働き続けて)、
目標額に達したら
FIRE(いわゆる、資産運用の収入を軸にして会社を辞める生き方)して、
ゆるく働きながら、
最後は資産運用の収入で趣味に全振りして生きていく。
そんな風に生きていけば、
自分は幸せなのかなあ、と思っていました。
ですが最近、
「自己理解」という考え方に触れてから、
少しその気持ちが変わってきました。
まとめ・次回予告
「自己理解」という考え方に触れてから、
私の中で、FIREや時間に対する捉え方が、少しずつ変わってきました。
ただ、その話をきちんと書こうとすると、
どうしても長くなりそうなので、今回はいったんここまでにしようと思います。
次回は、具体的にどんなところが、どう変わったのか。
自分のエピソードを交えながら、もう少し深く書いてみます。
よければ、次回も読んでもらえたら嬉しいです。




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